2011.10.04

ココ・シャネルについて

ファッションの歴史と在り方について、わかりやすく解説してある本、『ファッション革命』しおはまやすみ著。を再読。

改めて私はココシャネル(ココは愛称で、かわいい人、という意味)という人の人生に憧れている。

デザインという創造的な分野で、それまでの時代が培ってきたものを流行遅れにしてきた破壊者であり、新しい時代の、創造者。

それまでの上流階級で培われてきた技術から栄養だけをたっぷり取って、新しい時代に花を咲かせる。

実に強か。そして時代のことを感覚的によく理解し、その時代、この自分、以外の誰にも当てはまらない、自分だけの表現を手にした(に違いない)。

私はブランドとしてのシャネルには興味がないけれど、

創造者としての個人的なココシャネルという人物と、その時代、シャネルによって生みだされたであろう、新しい時代の空気をまとった、身軽で斬新なファッションのことを想像するだけで…、この上なくワクワクする。

このワクワク感、”今、この時代に”感。真面目に生きてても必要な気持ちだ。

エコとか原発反対とかとは無縁で、でも時代を変える強いエネルギーを持ったもの。

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2011.10.02

小さくて大きいできごと

妊娠が発覚。

まだヒトのかたちはしていないけれど、お腹の中で何かが起こっている。

妊娠事態は想定外というわけではなかったけれど、

妊娠による体の変化と、心の動揺は想定外だった。

将来のことを考える、いいキッカケを与えてもらっている。

どう生きていきたいのか、とか。どこで生きていきたいのか、とか。

そして以前よりキレイ好きになった。動物的本能なのか…

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2011.09.30

9月30日、金曜日

朝から、とたんに金木犀の香りが漂うようになった。

こういう時、いつも思い出すのが、レイブラッドベリ著『たんぽぽのお酒』に出てくる主人公の弟。ちいさいこの子は、なんでもノートに統計を取ることを日課にしている。

今までに読んだ本400冊、とか… いままでに摘んだいちごの数256、とか…

私は毎年、金木犀が最初に香った日を記録しておきたいな。

今年金木犀が最初に香った日は、9月30日、金曜日。

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2011.07.11

夏の朝

今朝はふっと6時に目が覚め、窓の外を見ると、

水色とピンクのマーブル模様の朝焼けの空が広がっていた。

夢かな、、と思ってうたたねしているうちに、

いつもの夏空に変わっていました。

朝からウォーキング、の習慣が飛び飛びながら、なんとか続いている。

今日も一日、たくさん笑顔のこぼれれる素敵な一日にしよう。

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2011.06.28

新しい鍵

忙しさの中で自分を保ち、信じるものごとを正しく発信していくには、

揺らぎない強い心、精神力が必要。

最近の忙しさを考えると、自分の今までの人生の中で最もいそがしいように思う。

何に忙しいのか考えてみると、すること多さ、だけでなく、

することに対しての判断の量、だ。

そして、自分が未熟で、判断をするための指針がまだないために、

毎回迷わなければならない!という個人的な煩わしさが忙しさを、なお、加速させて感じさせる。

仕事の量が多いのは、わりかし好きな方で、苦にならない。

でも、心が忙しいのは、人生でこれっきりにしたい。

そんな気持ちだから余計なのか、先日出会ったお寺がとても心に染みた。

近江八幡の、村雲瑞龍寺。日蓮宗のお寺。

近江八幡からロープウェーで4分ほど。小高い山の上にあり、

庭から琵琶湖が一望できる、という観光地的な要素もあるお寺。

織田秀次の母が、死んだ息子たちのために、京都の嵯峨野に建てた寺で、

昭和30年代に、八幡山に移築されそう。

窓の外は空!!という、すがすがしさ。

遠くに降る雨が、まあるく円を描き、雨の降る場所とそうでない場所が、

墨絵のように分けて見えた。

派手ではないけれど掃除が行き届いた、雨の薫りのする屋内は、

”禅定” にぴったりの場所だった。

「禅定」という言葉は、このお寺に上がって、置いてあった会報誌を読んで初めて知った。

禅定、心をしずめて考えること。

心を静かに落ち着けて、ドッシリと前後左右を分別して考えること、これを「禅定」という。 

(村雲瑞龍寺発行、瑞雲より)

物の違うところを見、

物の一致しているところを見、

そしてそれをまとめて見ることを統一観と呼び、

統一観 (私は、ある種のオリジナリティのある絵画や作品が思い浮かぶ。) は、

社会に還元されるべき遺産である。

(村雲瑞龍寺発行、瑞雲より 私が読んで整理した)

この表現を読んで、一番に頭に浮かんだのが、アメリカの画家、ジョージアオキーフの絵。

単純な被写体を、これ以上ない、というくらい、真剣に描いた絵。

…、人間として守らなければならないことがハッキリとつかめたら、

その方向にむかって進む。途中で止まったり、あと戻りしたりしないようにして行く、

これを”精進”と言う。

(同じく、瑞雲より 私まとめ)

日蓮宗の創始者、日蓮さんの人生、(卑小な私からすると、もう少し、うまくやれなかったのかなぁ~などと思ってしまう、波乱の人生)も、この教義を聞くと納得する。

日蓮自身が、教義の一番の実践者だったのだ。

極端に考えると、一宗教に必要なものは、教義、とそれを実践する者、この2つ。

日蓮さんが先代から学んだ知識をもとに、一宗派を確立したように、

ものごとの創始者や芸術家は、すべてみな一宗派 と考えられないか?

それほどの、力強い表現力と意志のある現代の作品 = 現代の統一観を見てみたい。

そのための日々勉強!!

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2011.05.06

長沢芦雪 創っていく伝統

今日は滋賀のミホミュージアムで長沢芦雪展を見た。
長沢芦雪は、
“円山応挙に学び、習得した技法を自在に駆使して、穏健な師のスタイルとは
対照的な、奇抜で機知に富んだ表現を展開した画家”。
私はこの展覧会で初めてその名前を知った。
初め、ぜんぜん心にひっかかる作品がなく、スルーしそうになったら、
一緒に見にいった友人に、その魅力を説かれ、見方が随分変わった。
気に入った作品も、友人の力説の前と後とでは、まるっきり変わってしまった。
長沢芦雪の作品から感じたことを3つの言葉に表すとしたら、
高い技術、観客の存在、遊び。
とにかく高い技術と才能。きっと師の円山応挙の技術を命がけで学んだに違いない。
円山応挙が、そのオリジナリティによって自由を獲得した人だとすれば、
長沢芦雪は、その技術によって、自由を獲得した人ではないか、と思う。
どちらの人生に憧れるかと言えば、私は応挙派、友人は芦雪派と、二人で意見が分かれた。
対極を行く二人の画家を通して感じられるものは、
結果に対する評価としての伝統という存在。
誰かの努力の結果のもとに、今日の日本らしさは創られてきたのだと思うと、
過去に対しての敬意と、未来に対してのワクワクが、いい感じに共存する。

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2011.05.02

縄久利神社の花傘神事

この季節、島根県の東比田では、縄久利神社の花傘神事が終わったころだ。
毎年4月23日が、お祭りの日。今年は行けなかったけれど、
おととしの春、初めてこのお祭りを見た時、2つの意味で驚いた。
ひとつは、その色彩感覚の新しさ。
島根県と言えば、過疎という言葉の発祥の地とも言われ、
現代では“新しさ”とはとても無縁そうな土地。
その島根県の山間部の集落の、くねくね道の先の、
看板もないような小さな神社の衣装に、新しさを感じる驚き。

もうひとつは、祭りを伝承するためのアイデアのシンプルさ。
毎年地元の人が分担して作る、紙で作った花をたくさん使う。
カラフルな薄紙を何枚も重ねて束にし、花びらのように切り込みを入れて広げるだけの
シンプルな作り方は、だれしも子供の頃に体験したことがある素朴なつくり方。
特に細かいきまりごとがあるわけではなく、口承で受け継がれてきたものなので、
使う枚数や切り込みの入れ方はざっくばらん。
作った人によっても、ちょっとづつ違うのがおもしろい。


過疎の町の、風前の灯のお祭りに、新しさを感じるのは、なぜか。

彫刻家イサムノグチは、自身の作品を“大地の彫刻”と呼んだ。
私は、古くから伝わるこのような神事も、
大地の彫刻のひとつと呼べるのではないかと思う。
過去の偉大なる誰かによる、時間と空間の彫刻作品かもしれない。

お祭りは、そこに生きる人々の、生きた証なのだ。
伝承するもの=古典 ではなく。

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2011.05.01

いい仕事って何だろう?

時々行く珈琲店で、その仕事ぶりを観察するのが楽しいお店がある。
素敵な空間と、その空間にマッチした我の強そうな、シンボル的オーナー(男性)。
それに、よく変わるアルバイトが常時1、2人。

常時、と書いたのはアルバイトがころころとよく代わるから。
コーヒーは美味しいのだけれど、
行く度アルバイトが代わっていて、その仕事ぶりが、一生懸命だけどいつもちょっと足りない。
オーナーはいつもちょっと不満気味。

何せ、アルバイトとの関係が上手くいかないのは、
このオーナー自身のコダワリの強さ、理想の高さから来てるのが目に見えてる。
コーヒーをいれるのにはそのコダワリがものを言う。
けれどもアルバイトとの関係は、いつも未完成のまま。
そこが人間的で、おもしろいな、と思う。

オーナーが求めているのは、個人としての心ではなく、公の心。
“こうして欲しい”“ああして欲しい”を主体的に拾い上げてくれること。
みんなで音楽を奏でているように居心地よければベスト!
となるのだろうけど、そう簡単に行くものでもないのだな〜という教訓のようで、
いつも仕事について思いを巡らすきっかけを与えてもらっている。

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2011.04.28

手のひらに乗る小さな町並み、平田

先日、高校時代の通学路でもあった、平田駅前の町並みを久しぶりに歩いた。
退屈な高校生時代、唯一心に潤いを与えてくれたのが、こういう古い町並みだった。
高校の坂道を下ってしばらく歩くと、メインの整備された道路の横に、
お醤油の香りのする、古い町並みがひっそりとあった。苔むした小さな川にかかる石橋を渡り、
古い家が立ち並ぶくねくね道を通り抜ける。空き屋を見つけては、そこをアトリエにしている
未来の自分を想像していたな。
ここから駅までは一本道だけど、寄り道をして路地に入ると、
昔ながらの貸本屋さん(母の時代からあったと言うから、ウン十年はここに在り続けている)
があったり、小川沿いには柳の木、赤いポスト、小さい医院があったりで
建物を見ているだけで見飽きない。
高校卒業まで毎日食べ続けた、おいしい食パンの“かめや”さんも、
この町並みの中にある。(焼き立てのパンを1斤買って、買いたてのあたたかいところをむやみにちぎってほおばるのが旨イ!そして確か1斤600円くらいだった、とても安い。)
都会に憧れているクセに、何故だか、この風景には安らいでいた。
今思うと、それは、この町がちゃんと生きていたからだ。
あのころ既に田舎でも、私の身の回りは、便利でもつまらないもので溢れていた。
私はその便利でもつまらないものに失望していたのだ。
だから、きちんと生きて働いてきた町並みに、新鮮さを感じていた。

悲しいことに、その町並みは、近い将来取り壊されてしまう。
川沿いの古い家はすでに取り壊されて更地になり、柳の木だけが悲しそうに風にそよいでいた。

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2011.04.23

夏目漱石のように。

島根の帰りに梅田の書店で『20代は仕事で大きく成長する』というベタなタイトルの本を買った。
ベタな本を買うときは、大抵悩みの中にいる私(笑)

目標となる具体的な人物を設定するというのはよくある質問だけれど、
そういう質問を目にするたび、毎回思い浮かぶ人物に、夏目漱石がある。
有名なのは言わずと知れた、『坊ちゃん』とか、『我が輩は…』だけれど、
私が好きな理由は、小説そのものではなく、彼の人生にある。
海外が宇宙くらい遠かった時、海外に挑戦した。こと。
そこで激しく疎外された(と感じた)こと。
その空しさを、日本という国を高めるモチベーションに転化した。こと。
そして、終止、精神的に悩みやすい、という欠点を抱えていたこと。

この悩みやすいという決定的な欠点のために“理想の人”に設定するのを躊躇してきた。
けれどもじっくり考えてみると、私が漱石を好きな理由はまさにその悩みゆえ、であることに気づく。
人間的な“揺らぎ”を抱えたまま、大成した人物はなかなかいない。
そう考えると、その悩みやすいという欠点が、
かえって漱石の人生に華を添えているようにも思えてくる。

その人物的深みに興味を抱いたから、彼の書いた小説でも読んでみるか、
そんな風に思われる人物になりたい。

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«松江、歩くスピードに適した街